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永遠のアイドル、福岡出身の松田聖子さんを追う

最近、若い子の間で80年代の邦楽が流行しているんですよ。

私は今20歳なんですが、松田聖子さんにハマってしまいました!美しく力強い歌声にうっとりしてしまいます。私と同じで福岡出身というところにも惹かれてるんです。

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松田聖子さんは福岡県久留米市荒木町出身、本名は蒲池法子(かまちのりこ)。1962年3月10日生まれの56歳のA型です。

実家の家族構成は、両親に兄が一人の4人家族です。父親は国家公務員をしており、厚生省事務官でした。母親は福岡県八女市の庄屋の名家出身です。

聖子さんの母親の姉は福岡にある高良台病院の院長の妻だったため、聖子さんは同病院で誕生しています。

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…つまり、聖子さんの叔父は病院長ということになります。

また、お兄さんは九州の名門校出身です。その後は東海大学の職員を経て、現在は会社経営をされているんです。聖子さんはエリート一家の中で育ったんですね。

蒲池家は元々、柳川藩の城主であった蒲池氏の子孫なんです。

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幼少期の頃から歌を歌うことが大好きだった聖子さんは、遠足のバスの中でいつもマイクを持ったまま離さなかったそうですよ。

福岡時代の幼少期から、既に歌手としての才能や素質が開花されていたんですね。

ピアノを習い始めます

小学校へ進学すると聖子さんはピアノを習い始めます。

お習字やそろばんのような習い事は3日坊主で終わっていたそうですが、音楽には特別な興味を示していたそうです。中学校へ入学する頃には「将来スチュワーデスか保母さんになりたい」と話していたそうです。

中学卒業後は、福岡県内の進学校である八女高等学校を受験しますが、不合格。

入学

そして信愛女学院高等学校へ入学します。

同校はカトリック系の私立の女子校です。高校ではキリスト教研究部に所属し、熱心に聖書について学んでいたそうです。

この頃、当時聖子さんが大ファンであった郷ひろみさんの福岡でのコンサートへ足を運び歌手への憧れが強くなったそうです。

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その勢いで地元開催の新人歌手オーディションやホリプロスカウトキャラバン九州大会にも応募しますが落選。

聖子さんに落選した過去があるなんて、驚きですよね。

・・・

そんな聖子さんに天気が訪れたのは高校2年生の頃です。

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CBSソニーと集英社主催の「ミスセブンティーンコンテスト」に応募し九州大会で見事優勝するんです。

しかし、父親に反対され本選に出場することができず辞退します。しかし、チャンスの神様は聖子さんを見捨てませんでした。九州大会優勝時のデモテープを聴いた主催者側が「この子は絶対に売れる!」と確信し、音楽製作会社にスカウトされるのです。

この頃、O脚だったり容姿がイマイチだった聖子さんは、預かり先の芸能事務所で不採用になりますが、それでも制作会社は諦めませんでした。

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その後、聖子さんの歌唱を直接聴かされたサンミュージックプロダクションの幹部に注目をされ、ついに所属事務所が決定しました。

容姿の良し悪しでなく、歌の実力で所属事務所を勝ち取ったんですね。

以後、高校3年生の夏には福岡から単身で上京し、堀越高等学校に編入しました。そして高校卒業後は本格的に歌手デビューを果たします。

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2枚目のシングル「青い珊瑚礁」でついに大ブレイク。

1980年の「風は秋色」から1988年の「旅立ちはフリージア」まで24曲連続でオリコンシングルチャート(週間)1位を獲得しているんですよ。

楽曲の制作には2年目の6枚目シングル「白いパラソル」以降、作詞に松本隆氏が起用され、この後作曲家の選択も含め彼のプロデュース色が濃くなりますが、編曲は初期からの大村雅朗氏が続けています。

CBS・ソニーの当時のプロデューサーである若松宗雄氏は、聖子の魅力について第一に声質を挙げ、透明感と強さ、その中に娯楽性とある種の知性を感じたと語っています。

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当時の人気の高さを端的に示す言葉としては「聖子ちゃんカット」と「ぶりっ子」が挙げられます。

聖子ちゃんカットとはその名の通り、デビュー当時からしていた彼女の髪型のことです。当時の若い女性の間でこれを模倣した髪型が大流行し、街中に溢れかえっていたそうですよ。

歌だけでなく、容姿やファッションでもの大ブームも生み出していたんですね。

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1985年6月に俳優の神田正輝さんと結婚します。

妊娠中は芸能活動を休業しますが間もなく復帰し、主に歌手としての活動を続けられました。

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神田正輝さんとの間に生まれた長女は、SAYAKA名義で2002年に歌手デビューし、その後は本名の神田沙也加名義で、ミュージカルや舞台女優・タレントとして大活躍されています。

そして聖子さんも現在、精力的に活動されていて、昨年はコンサートツアー『Seiko Matsuda Concert Tour 2017 Daisy』を開催。

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80年代の頃と変わらぬ透明感のある歌声を披露されているんですよ。

福岡出身の松田聖子さんは私の憧れです。
これからも聖子さんの歌を聴き続けたいと思います。

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