野球を始めた息子と訪れた 〜石川県能美市にある『松井秀喜ベースボールミュージアム』で初めて知った彼の素晴らしすぎる精神

私は39歳、中学校の美術教師です。

※現在、妻と6歳になる息子と、石川で暮らしています。

石川の少年野球チーム

先日、小学生になったばかりの息子が突然、「野球をやってみたい!」というので、地元・石川でも有名な野球クラブへ通わせることになりました。

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これまでろくに運動なんてしたことのない息子、きっとすぐに音を上げて辞めたいと言い出すだろうな、と思っていたのですが…

少年野球(ピッチャーとキャッチャー)

半年経っても辞めることなく続いています。

※それどころか、野球クラブでは大活躍しているという話まで、妻から聞いて驚きました…。

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ちなみに、私は鉄道好きでインドア派の美術教師…。息子は一体誰のDNAでスポーツが好きになったのだろう?!と考えていたのですが…

少年野球のストレッチ

妻が”元・熱血体育教師”だったことをすっかり忘れていました。笑

※結婚して子どもを産んでから、妻は退職して家庭に入りました。しかし、元・熱血体育教師としての魂は失っておらず、その情熱は息子へと注がれていたようです。

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キャッチボールと言えば、普通は父親と息子が楽しむものですが、うちは違います。汗。

妻が息子とキャッチボール

私はボールを投げるのが苦手なので、妻が息子にキャッチボールを教えているんですよね。笑

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ある日の休日、息子が…

注:イメージ画像(出典 Instagram)

「お父さん、石川には松井秀喜選手のミュージアムがあるんでしょ?僕、松井選手の大ファンだから行ってみたいんだ!連れて行ってくれない?」

と言うのです。

※野球にあまり興味のない私は、石川に松井秀喜選手のミュージアムがあることをこの時初めて知りました。

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自分の意見を積極的に言えるようになった息子に感動した私は…

松井秀喜ベースボールミュージアム

早速、石川県能美市にある『松井秀喜ベースボールミュージアム』へと向かいました。

※能美市は、松井選手の生まれ故郷なんですね。

“ゴジラ”という愛称で親しまれ、日本のみならず世界で愛された松井秀喜選手。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

ミュージアムで紹介されているのは松井選手の華々しい球歴や偉業が中心ですが…

同時に、その成功の裏に隠された松井さんの人柄や生き方の素晴らしさを知ることもできる博物館なんです。

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松井秀喜さんは、石川県小松市のすぐ隣、能美郡根上町という小さな町で育ったそうです。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

松井秀喜ベースボールミュージアムは、そんな松井さんが育った家のすぐ隣の敷地に建てられています。

※まさか、松井選手が私と同じ石川出身だったなんて…。立派な体格や華々しい活躍から、てっきり都会っ子だと思い込んでいました。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

ちなみに、ミュージアムの館長は松井さんのお父さん。

このミュージアムの原型となった「松井秀喜・野球の館」を作ったのは、彼がプロ野球の巨人に入団した翌年の1994年頃だそうです。

※やがて彼の活躍とともに、その施設が手狭になったため、2005年に新たに現在の建物を作り、名前も「松井秀喜ベースボールミュージアム」となりました。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

生まれ変わった『松井秀喜ベースボールミュージアム』の外観はとても美しく、町中に威風堂々と建っています。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

敷地内には…

松井選手の少年時代のブロンズ像のほか、歴代の節目のホームラン記念パネル、甲子園球場で使用されていたダグアウトベンチなどが展示されています。

※これを見た息子は「僕もミュージアムが建てられるくらい立派な選手になりたいなぁ!その時はお父さんが館長になってね!」と夢を膨らませていましたね。

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館内に入るとロビーで出迎えてくれるのが…

注:イメージ画像(出典 Instagram)

ヤンキースのユニフォームを着た、等身大の松井選手。

これがまた、リアルで驚きました…。ご本人がいらっしゃるのかと思ってドキっとしてしまうほどです。笑

注:イメージ画像(出典 Instagram)

そして、ロビーにはさまざまなポスターやフラッグが飾られています。

国民栄誉賞を記念したものから、石川県の観光ポスター、石川県警の振り込め詐欺防止ポスターまで、ずらりと並んでいます。

※これだけでも松井さんの人気がよく分かりますし、ミュージアムを建てられたお父様の愛情をひしひしと感じます。

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入場料を支払い、先へ進むと…

注:イメージ画像(出典 Instagram)

松井選手の幼少時代から、メジャーリーグを引退するまでの球歴と数々の偉業が紹介されています。

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ちなみに、出生時の体重はなんと3960g!幼少時代から人一倍体の大きかったそうです。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

石川・能美の田園風景をバックに、バットを持った6歳の松井さんの写真からは既に選手としてのオーラが漂っていました。

“I have a Dream 「僕には 夢がある」”という松井選手の言葉を目にした息子は、「僕の夢は松井選手になることなんだ!!」と目を輝かせながら話していました。

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このミュージアムを訪れて、初めて知った事実なのですが…

注:イメージ画像(出典 Instagram)

松井秀喜の名前を一気に全国に知らしめたのが、彼が星稜高校3年生だった1992年の夏の甲子園で起こった伝説の5打席連続敬遠事件なんですね…。

大会屈指の強打者と呼ばれた松井選手を中心に、優勝候補として臨んだ最後の甲子園。2回戦の対戦相手、明徳義塾高校は彼を全打席敬遠し、一球たりとも勝負をしなかったそうです。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

結果、星稜高校は3対2で敗戦し、その試合、松井選手は一度もバットを振らないまま甲子園を去りました。

※当時これは大きな社会問題になったみたいですね…。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

松井選手が素晴らしいのは、それでも決して、怒ったりふてくされたりしなかったこと。

どんな形であろうとも、潔く負けを認め、相手をたたえ、対戦相手と審判に感謝の意を表していたそうです。

※松井選手の強く温かい人柄に感動し、胸がジーンとして、息子と二人で感涙しました。

注:イメージ画像(出典 Instagram)

ここは野球ファンでなくても、明日の活力になるようなエネルギーや感動を持ち帰ることができる、素晴らしいミュージアムです。

※息子は「僕は絶対に、松井選手のようなかっこいい野球選手になるんだ!!」と意気込んでおり、これから将来が楽しみです。笑

石川を訪れることがあれば、皆さんもぜひ一度足を運んでみて下さいね。

松井秀喜ベースボールミュージアム【HP
石川県能美市山口町タ58番地

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